生きてこそ…

そんな題名の映画があるのをご存じだろうか?

内容は、飛行機が徒歩では下山不能の季節(冬)に高所の山に墜落してしまう。

幸い生き残った者が当初は沢山居たが

日にちが経つにつれ
次第に食糧に困る事となる。
(水は雪を溶かす事で最低限自給)

次第に弱い者から体調を悪くし、次々亡くなって行く事に

そして生き残った者は生き残る選択として
亡くなった遺体を食べる事に…

それでも次第に弱った者は亡くなるが
亡くなる前に友人に
「俺が死んだら俺を食べて生き残ってくれ、それが俺の為でもある」と遺言を…

なんて映画でした。

あまりにも衝撃的な内容に詳細を調べたら

これは実話であり
ノンフィクションだった…

なんて感じです。

前置きで「大分クッション」になったので本題。


実は原子力発電所の事故で避難した地区
(現在で言う警戒地区と避難指示地区だった広野町を含む)

流石に人間じゃないけど『室内飼いの猫』『複数飼いで届く範囲に繋がれたりゲージに入れられた犬』で

共食いが起きてます。
衝撃的な画像もみました。

私は『面白おかしく注目を浴びたくて書いたのではありません』

テレビなんかでは
『せいぜい繋がれたまま死んでる牛』程度ですが

現実は、もっと悲惨。

私は地震が起きて津波が来る前に、(親は無事を確認してたから)
真っ先に気になったのが自宅に居た猫である。

金や大事なモンより、まず猫。

津波が迫り
自分や車が流されたにしても猫だけは屋根の上に投げてでも助けたかった。

そう言う感覚からするに、幾等、原発が爆発したからって
『飼ってる動物を置き去りにする感覚』が、私には、どう考えても理解出来ない。

連れて行けないなら
『死なば諸供』を選択するだろう。

以前から、この日誌で避難民接する機会が多い件について書き綴ってますが…

この『ペット置き去り』や『共食い』の話が表面化する前の四月初旬の仕事再開の際に
聞いてもないのに避難民の方からベラベラ喋る客がいて
『犬を繋いだまま置いてきた事』を喋り、
挙げ句平気な顔で『もう生きてないだろうな』と語り始めた奴が居る。

私も動物を飼ってる身。
聞いてて気分が悪い。
何か言い返したら職を無くすまでブチ切れ
大喧嘩になりそうだから、黙殺したが

言ってやりたかったですよ。
『今頃他の動物に食われて骨になってんじゃ無いですかね』とか

『自分の自己満足だかストレス発散だか知らんが、
そんな事相手も選ばずベラベラ喋れるって感覚は異常だろ?
頭おかしいんじゃねぇか?
聞きたくもないそんな話するんじゃねぇよ!』とか。

犬は猫と違い忠を尽す動物である。

最後の最後まで『置き去りにされたとか思わないで飼い主が必ず来てくれる』と思って死んで行ったはずである。


まぁ異論や反論、いろんな考えがあるだろうけど…悪いがソンなモン聞きたくもないわ。