なせ"たいらえき"は出来ないんだと‥え?(^^;
と言うか、今でも流石に切符を買うときに窓口で「平まで1枚」とか言わないけども
平の駅前とか‥平気でいいますね。何か「いわき」と言うのには抵抗がある。
あくまであの駅は「平の町の駅」であり、
「いわき」ってのは、いわき市の総称になってしまうからです。これは私世代なら分かってくれるんじゃないかな?
つまり「いわき駅前」ってんならば「福島駅前」でもいい気までしてくる。=(福島県内の駅って意味)
まぁいいや‥そんな駅前のイラストがあったので恐れ多くも引用。
![イメージ 1](https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/o/ookamigoya/20010101/20010101100930.jpg)
現在の駅前は相当様変わりしましたが‥自分が学生時代に通学に毎日行った場所。
若い頃に遊ぶとなれば行った場所。←の当時は仕事は駅前だったので、やっぱ毎日見た駅。
ここで友人の待ち合わせて‥ここでアレして、これして‥絵を見ただけで思い出一杯です。
ただ突っ込みいれると右端が交番だった頃が1番馴染みがあるかも。
中央に三角形の出入り口屋根があるから、すでJRになった頃ですね。
国鉄時代はビルの中に駅が占める割合が多く2階が全て駅でした。
ちょうど「平駅」と書いてる辺りの裏側には夜行の大きい待合室があって駅は24時間開いてました。
晩年の平駅、上のイラストのビル中央の駅への入り口は実は改装後の後付けであり
元々は入り口がそこにはありませんでした。
そういえば、いつの間にか「駅の伝言板」や「整然と並ぶ公衆電話」が消えてたっけ‥
そんな平駅(いわき駅)の最後の最後‥西側に残っていた平安橋の残りも最近無くなった様です。
駅といえば「道の駅」。最近は言葉に馴染んできました。
![イメージ 2](https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/o/ookamigoya/20010101/20010101100940.jpg)
住んでいた家が駐車場が無い家でしたので、
月極めで車をイジってばかりでも、なんか人の目が気になり、
よく、この道の駅の奥の港で車イジリをしていました。
道の駅になる前は物産館だったかな?
それこそ、今住んでいる「平と言う町の一部(とか囲い込み)」では、なくて
そこは「いわきの中の1つの町(四倉)」なので、
こう言う新しい施設が出来たりして町が発展するのが自分には無関係でも、とっても嬉しかったりしました。
小さい町ならではの一体感と言う感じでしょうか?
元々「平」に住んでいて、引っ越すとなった時に家族の中で(当時は、多かったな‥)
この四倉をイチオシしたのは、他ならぬ「私」ですからね。
越した後に「洗濯物が外に干せない」とか「金物がすくに錆びる」とか「家の中が砂ぽい」とか
「外で何かしてると頭髪がベタベタバリバリになる」とか‥まぁ色々でしたけど。
逆に毎日浸かると「海の臭い」は忘れるもんですね。最近は逆に磯の香りが分かる様になりました。
そんな思い出一杯(20代~ほぼ30代と言う人間の一生としてはイイ時期?をすごした)の町‥
出来れば、震災前の様な賑わいを取り戻したのを見届けてから、死を迎えたいもんですが
漁業の町の今後(遠洋漁業で栄えた時期もあったけど今はあり得ないし)
自分が、平均寿命をマットウしたとしても、その間に元に戻るとは‥ちょっと想像が出来ない。
これは当然「津波」で流出って件じゃなく、海に流れた原発のアレの件でね。
岩手や宮城(も↑こいつの影響受けまくりだけれど)は、
テレビを見る限り、漁業も前に向かって「再チャレンジ」してる姿は良く見るけど‥
福島県は海側は小名浜港以外は、ほぼ3月のままですしね。漁の再開なんぞあり得ないもん。